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金脈と水の流れ

「水がある場所が金運を高める」という言葉、よく聞きますね。水があるところには人が集まり、お金も動きます。あまたの文明がそうであったように。

私は一か月半に一度くらい湧水を汲みに行っています。これは何の思いもなくただ「美味しい水でお茶が飲みたい」という親を連れてドライブに行っているだけです。このドライブをはじめて何年くらいになるでしょう?この場所にきて神聖な雰囲気や水が流れる風景を見ているととても豊かな気持ちになります。そこで、毎回この画像をSNSにUPするようになりました。
いつもの私のルーチンの一つです。

すると、どうでしょう。
この水くみのお供をするようになって、私のところにも「金の流れ」が少しづつ流れるようになってきたのです。
気になってきたので、ちょっとネットで調べてみました。


弘安元年(1278)に社殿を再建するさい、壁土に使うため掘った土取場から清水が湧き出し、水に恵まれなかった村民に恩恵を与えた清水。かたわらに桜の大木があったため,いつしか「桜清水(新潟市指定文化財)」と呼ばれるようになったといいます。

 

この神社はJR信越本線・古津駅の北北東1kmに鎮座しています。
 明治期までは諏訪神社でしたが、明治40年に金比羅宮等の境内社と地区内の神明宮、白山神社を合祀し、現社名に改称しました。御祭神は建御名方命、天照皇大神、菊理媛大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、大物主命他です

 

1278(弘安元)年、鎮守様の再建のとき土取場から清水がわきました。飲み水が不足していた村人は大変喜び、神のお授けの水として「禊(みそぎ)清水」と名づけ後世まで大事に守り続けました。たまたま清水の近くに桜の大木があって毎年春になると花が咲き乱れて風情を添えたので、いつとはなく「桜清水」とよばれるようになりました。また、一説には、妙蓮寺(みょうれんじ)の開祖日印上人(にちいんしょうにん)がこの清水を発見して茶の湯に用いたともいわれています。この清水は長い年月にわたって住民の生活をささえ、道ゆく人びとに潤いと憩いを与えました。

この神社はJR信越本線・古津駅の北北東1kmに鎮座しています。
 明治期までは諏訪神社でしたが、明治40年に金比羅宮等の境内社と地区内の神明宮、白山神社を合祀し、現社名に改称しました。御祭神は建御名方命、天照皇大神、菊理媛大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、大物主命他です。

いつも行っていた場所に、こんな言われや伝説があったんだ…と改めて思いました。

湧水が枯れずに今も存在しているというのはとても強いエネルギーが溢れ出ているところ。
水は流れていれば次々に入ってきますが、流れをせき止めてしまうといつしか濁っていく、と言いますね。お金もそうで貯めこまず思い切って使うと言いそうです。
お金は貯めこまず思い切って活用し、次の流れをつくる。
湧水を見ながらそんなことを思いました。

 

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